サブカルクソブログ

初めて出来た友達がキャバ嬢です。

去年の7月に東京配属になって以来、初めて出来た友達がキャバ嬢だった。

はじめてのともだち

去年の年末から3連休の最後の日だった昨日までにかけて、諸々遊び過ぎて15万の金が溶けた。諸々というのは、勿論夜のお店のことである。しかしながら、明け方に帰ってきてそのまま6時からの店に行ったりしていたので、果たして夜のお店というのが正確な比喩表現になっているのかどうかはわからない。

誤解しないでいただきたいのだが、私は普段から遊びまわっているような野郎ではない。池袋に遊びに来た悪友の連中が、遂に私に悪い遊びを教えたというわけだ。ちなみに会社にも何人かのそういう遊びが好きな先輩らはいるのであるが、私はピピピピピの爽やかな日記帳(社内ニート・親の脛齧り虫)に限りなく近い立場の人間なので、既に常務取締役である私の叔母から全社員へ、「新人社員に変な遊びを教えぬように」という旨は通達済みである。最初、妙に皆よそよそしかったのはそのためか、はたまた私の気のせいか。エシュロンの眼じゃあるまいし、私が黙っていれば済む話ではないのか。結局みな、新人にょっとお高いサービス代を奢るのが嫌なだけではあるまいか。飲み会のあと期待した目で見つめる私に対して、「おう、じゃあこれからいいところに連れてってやるか!!」と意気揚々と息巻いたA課長に向かってB部長が、「馬鹿野郎!!社長に怒られっぞ↑↑」とドラゴンボールの孫悟空のようなイントネーションで宣いおったことを私は忘れない。

 

嗚呼、悲しきかなコネ野郎。コネくりまわしたコネコネコネ。

 

かくして、私は風俗童貞を捨てた。

 

表題の件であるが、私は「僕は友達が少ない」ではなく

 

「友達0人」である。

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無論、冒頭で述べたように東京で、の話である。

私は非常に寂しさを募らせていた。彼女がいないどころか好きな娘さえおらず、休日ともなれば副業的に稼働しているパチスロを打ちに行くというカスのような生活。

そこまで活動的でも社交的でもない私は、既に半ば諦観に達しつつあったのであるが、今回の件で何人かのキャバ嬢・風俗嬢とlineを交換し、更には後日遊ぶ約束まで取り付けた。

渋谷でギャル男的活動を行っている弟(19歳・大学生・パリ―ピープル)の言っていた友達の定義とは、「lineを交換してそのあと遊ぶこと」である。ならば、今回のこのケースならばその定義に既に当てはまっているではないか!!

これは実質的に考えて、友達が出来たと言っても過言ではないのではないか?

 

ちなみにであるが、キャバクラにおけるこのような彼女たちの涙ぐましい努力を営業行為と言う。

 

‐完‐

 

【おまけ】

私は腐れインポ野郎なので、こちらからは手を出さずこねくり回されて首筋を舐められるのが唯一興奮した出来事であった。

コネくりられるコネ野郎、コネコネしてよ子猫ちゃん。

男はみなコネくられるのが好きなものだと思っていたのだが、友人に聞いたら「それお前がMなだけ」とのことだ。マジかよ。